リアルなヨガ・ティーチャー育成プロジェクトTrue Arts Yoga 金子真矢のブログ ◆ワークショップ、イベントの詳細はカテゴリからどうぞ◆


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ゴールはどこ?目的は何?

【ヨガのためにヨガをするの?ポーズのために練習があるの?】

先日のフィギュアFP放送日はクラスがガラガラでした。
予期せずプライベートクラスになり、Kちゃんとマンツーマンで色んな話をしながら、彼女の課題や練習の方向性について探っていきました。

4人の子育てをしながらウェブの学校にも通い出した彼女。「なかなかヨガに来られなくなって身体が硬くて…」と言いながらも何だか晴れやか。

あぁ、この人は地に足のついた生活のベースがちゃんとあるんだ。だから前ほどクラスに来られなかろうが、肩が硬かろうが、何も失ってない。ちゃんと“ヨギー(ヨガの実践者)”だわ。

そう思ってふと考えました。
がむしゃらにやる視野の狭い人と、生活の中にきちんとヨガがある視野の広い人との違いは何だろう?

ヨガはツールに過ぎず、目的ではないと私は思います。ヨガのためにヨガをしているのではないので。

だから練習が習慣になるのはいいけれど、執着になってはいけません。それと同様にポーズが目的になってしまうのも、ヨガの本質とはかけ離れています。

フォトジェニック(今はインスタジェニック“インスタ映え”って言った方がいいのかな)な写真のためにヨガするわけではないですから。笑


私自身がまずあまりにもポーズを取らない、載せない、クラス中もデモを殆どしない、ので、「金子マヤ 実はポーズできないんじゃねーか?」疑惑(笑)すらあるぐらいですが、

クラスで動かない、見せない理由はーー

まず自分が一緒にやってしまったら「生徒を見る」という一番肝心なことができなくなるから。もちろん初心者クラスは例外です!初心者は目で見ないと分かりません。(初心者に限らず Visual learner つまり目で見て確認しないと理解しづらいという人もいます。そういう場合は別です)

そして自分が“お手本”を見せることによって、生徒にポーズのいわゆる“形”を刷り込んでしまう恐れがあるから。各々の関節可動域や、筋力・柔軟性の過不足によってポーズはかなり違ってきます。目指すところも、“アラインメント”の概念すらも。

これは私の矜恃で いつも言っていることですが、ヨガの目的はアーサナ(ポーズ)を含めた一連のマインドフルな練習を通して何を学ぶかであって、ポーズそのものにあるのではありません。大切なのは形や結果ではなく過程。過程を理解することです。

だからシェイプを作ることやポーズの出来・不出来に着目して欲しくないのです。

「逆立ちができないんですが、どうしたらできるようになりますか?」
「身体が硬くて開脚できません。いつかペターッと(開脚前屈が)できるようになりますか?」

クラスを教えていれば皆、一度は聞かれたことがあるでしょう。

そもそも、どうしてベットスタンドやハンドスタンドができるようになりたいのか?
どうして180度の開脚前屈を目指すのか?
私は理由を尋ねます。

「どうして逆立ちなんでしょうか?タダーサナじゃダメなんでしょうか?」
「開脚で身体が床に着くとどんないいことがあるんでしょうか?」
と、事業仕分けの蓮舫並みに突っ込みたいところです。

タダーサナやダウンドッグの理解なくしてハンドスタンドはできませんし、180度の開脚前屈は股関節の構造的に不可能な人だっています。なぜ戦士のポーズⅡとかじゃダメなんでしょうか。笑

逆に言えば、どのクラスに行っても出てくるような地味で地道なポーズ(タダーサナや基本の立位のポーズ)を正しくコツコツやれば、逆立ちだって何だって大概できるようになります。ここで大事なのは“正しく”やることです。正しいというのはこれも形の正しさではなく、取り組みや方向性の正しさ。いわゆるアラインメントのことです。

私の好きな先生の一人であるドミニカ・セリガノもいつも言っています。
“To do is easy. To do correctly is difficult”
「ただやるのは簡単。正しくやることが難しい」

その人なりの課題を見抜き、それに合わせたティーチングをするのがティーチャーです。ポーズの手順と形を教えるだけならインストラクターでいい。

その“課題”というのも、身体の使い方だけではなく、メンタルや趣向にある場合もあります。

練習をしないと不安。
毎日練習をしないと身体が鈍る。
このポーズができるようになりたい

確かに「練習」は毎日やるに越したことありませんが、その練習ってなにも連続した激しいアーサナでなくても構わないわけです。リストラティブな日もあっていいし、ただのストレッチで終わるかもしれない。呼吸法も瞑想もヨガの練習です。

最初に言ったように練習が習慣になるのはいいけれど、執着になってはいけません。それで家の事や、食事や、家族との関わりなど、生活の基本がおそろかになったりしたらもう、何のためにヨガをやっているのか分かりません。

それと同様にポーズが目的になってしまうのも、ヨガの本質とはかけ離れています。ポーズは現代に生きているこの身体や、生活パターンや、日常の機能動作を補助してくれるものにすぎません。

そういえば私の尊敬する先生達も友人達も皆、サーカスみたいな「すごい」ポーズの写真をほとんど上げない。たまにトリコナーサナとか。地味ですね、笑

たまにそういう類のポーズを上げても、ウィットに富んだ笑いや皮肉が含まれている。要はネタですね、そういうの好きです。

逆立ちや派手なポーズがどうしてもやりたいならやればいい。それで何かに打ち勝ったと思うなら否定はしない。

もし「逆立ち100日間チャレンジ」とかがあるとしたら面白そうだけど、「マインドフルネス瞑想100日間チャレンジ」を選ぶかな。

それよりも私は「お弁当づくり100日間チャレンジ」や「毎朝ごはん作って旦那さんを送り出そう100日チャレンジ」の方がよっぽどチャレンジングだし、達成感があるだろうなと思う。

ピンチャもシルシャもハンドスタンドも、難解なポーズも自分でやるのは好きですよ?けれどそれをゴールにしようとは思わないし、クラスに入れるのには細心の注意を払います。

好きなポーズ?
タダーサナとシャバーサナです。
(いやホントに、これ昔からずっと言い続けてきたんですけどね)

今年はタダーサナとシャバーサナでインスタ映えを狙いに行こうと思います。

b0130734_13571904.jpg
↑Kayoちゃん。笑

by mayayoga | 2018-02-20 13:57 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

誰にも何にも媚びずに。

コントロールできないことをコントロールしようとしないこと、

ただそこに“在る”っていう感じが好き。

主張しすぎず、かと言って味気ないのでもなく、自分にばかり目が行っているのでも、周りや人の評価ばかり気にするのでもない。

質の良い陶器みたいに、壺か花瓶みたいに、どっしりと鎮座しつつ、活けられる花や植物は選べないけど、それがどう見えるかはその壺(自分)次第っていうのがいい。存在感がありながら空間と調和する感じ。

ヨガのクラスって何だろうと考えるとき、捉え方は人それぞれに様々あるでしょう。
学びであり、教えであり、道であり、コミュニティであり、仕事であり、趣味であり、自己表現や自己実現の一つであり、フィジカルなアクティビティーであり、エクササイズでもあるかもしれない。

だから「好き」「嫌い」「楽しい」「しんどい」「よかった」など、どう思い感じるかも主観的で一過性のもの。
そもそも私達ヨガティーチャーはクラスに来る人を選べないし、その人たちが何を感じて何を持ち帰るかはその人たち次第。

だから「好きです・嫌いです」に関しては「そうですか」としか言いようがないかも知れない。「ありがとう」でも「ごめんなさい」でもない。

そりゃ人間ですから「あなたのクラスが好きです」と言われたら悪い気はしないでしょうが、それを求めようとはしないし、それに左右されもしない。称賛を得るために、自分を満足させるためにクラスをしているのではないですから。かと言って「少しでも多くの人にヨガの素晴らしさを伝えたくて」とも全然思わない。

よく聞くことではあります。「私はヨガで変わった。だから少しでも多くの人に…」という類のやつ。

一見聞こえは良いですが、結局のところ独りよがりと大して変わらなく思えて抵抗があります。その“巷の多くの人”はあなたが熱を上げているものを同じレベルで求めていないかも知れない。

人に影響を与えられるとしたら、その“在り方”をもってしてだと思います。「何かあの人いいな(変わったな)。じゃ、あの人のやってるヨガっていうの、やってみようかな」

…そのくらい些細な、けれど確実に影響力を持つものです。まるで足元から波紋が広がり、やがてそれが大きなうねりとなるように。

だいたい、所詮人は分からないものです。「すごく良かったです!」「どこで教えてるんですか?!」という人に限って次は来ないし、熱心な人が常連とも限らない。逆につまらなそうにしていた人がぽつりぽつりと来てくれたりする。ついた離れたに一喜一憂していたらキリがありません。

目の前のクラス、その一回に淡々と真摯に取り組む。クラスは一期一会であり、90分のちょっとしたギフトです。

どこで何を教えようが、ただ淡々と“在る”こと、冷静で広い視野を持ちながら、何にも媚びず、どっしりとした存在感を持って“在る”こと。それが私の理想です。
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by mayayoga | 2018-02-13 21:42 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

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