リアルなヨガ・ティーチャー育成プロジェクトTrue Arts Yoga 金子真矢のブログ ◆ワークショップ、イベントの詳細はカテゴリからどうぞ◆


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カテゴリ:◇Yogaについてのあれこれ( 148 )

見えないプライス、見えない仕事と労力

年齢も性別も、経験も、バックグラウンドも様々な人達が
同じクラスに集い、マットの上でひたすら呼吸とアサナを
通して自己探求をしている様子を見るのが好きです。
皆が一斉に練習をしている様子を、部屋を見渡すのが好きです。
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ダウンドッグにも色々出ますよね、癖やパターンが。
“正しい”を決めてしまうことは簡単だけど、
形のみの“正しさ”には未来がない。
自分にとっての“正しさ”を見つけるために
練習があるのだし、練習を通して
“感じる・探す・見つける”能力を養うのだと思う。
私たち指導者はそれを見守るだけ。

話は変わりますが、
先日、いつも通りの感覚で行ったお昼のクラスに
外国人旅行者が来ていて、予期せずバイリンガルクラスに
なりました…
(そう、そういう時ってホント唐突にやってくる)
2ヶ国語で教えるのは久しぶりで新鮮でした。
そういうクラスをするのは嫌いじゃありません。
でもそれを売りや宣伝文句にしようとは思いません。
また、それを売りや宣伝にされるのも困ります。

だってそれ、サービス残業みたいなものですから(怒)
完全にこちらの好意で日英2ヶ国語対応にしてる訳だしね。

昔、某スタジオで、何の断りもなくスケジュールに
「バイリンガル対応可☆」のマークをつけられ、
「この人は英語で教えられますよ!」ってのを
勝手に前面に出されたことがあり、
えらく頭に来たことを思い出します。

“インターナショナル感” を打ち出したいスタジオに
とってはいい宣伝、プラス外国人を呼び込むツールに
なるのかも知れないけど、
教えるこっちは2倍の労力を費やしてるわけですよ、、
事前に考えてきたクラスプランも変更しないと
いけなくなる。
バイリンガルで教える分、1つ1つに時間が取られるから。
クラス自体もその分スローに、キープも長くなります。
その分地味にキツくなるってことですね。

「バイリンガルヨガ」を前面に打ち出した企画モノや
事前に準備されたワークショップなどは別です!

私が納得いかないのは、レギュラークラスで
Non Japanese Speakerが来たからといって、
日英バイリンガルで教えることを
当然のサービスみたいに思われることで、
そもそもその英語だって、ヨガだって、
日本語のインストラクションだって、
英語のインストラクションだって、
苦労して身につけたもの。
当たり前だと思われちゃ困りますよ!ということです。
レッスンフィー2倍もらえるなら別ですけど(笑)

そんなこともあって、そのスタジオは辞めました。
人の労力、プロの仕事を何だと思っているんだろう?
っていう場面、どの業界にもあることですよね、、
「このぐらいいいだろう」みたいなね。

…ナメてもらっちゃ困ります。





by mayayoga | 2018-09-13 17:11 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

とにかくやっぱり「自立」を育めるかどうか

先日Ogiちゃんとクラスをしてみて、しみじみ思ったこと。

前にも何回か書いたことがありますが、私は弟子や

いつまでも盲信的についてくる人が欲しいのではなくて、同じ目線で並んで立てる互いに自立した仲間を増やしたかったのだということ。ティーチャートレーニングを教え続けている理由はまさにそこです。


先生と生徒の関係性を考えると、レギュラークラスは「先生と生徒」です。

一般的なワークショップや200時間のTTもまだ「先生と生徒」でしょう。

けれどそれがスキルアップのワークショップや勉強会や300/500時間のTTになると、だんだんと「先輩・後輩」みたいな関係性になって、やがて同じ志を持った「仲間」になるんじゃないかと思っているし、それはそれはワクワクするものです。


面白いもので、クラスに来てくれる人には圧倒的に

「マヤ先生」と呼ばれますが、ワークショップになると「マヤさん」、TTの卒業生もほぼ「マヤさん」です。「マヤちゃん」と呼ばれることは年々少なくなって寂しいですが、古くからの仲間や年上の友達はちゃん付けで呼んでくれます。


最初は子鹿みたいなダウンドッグだった人が、いつしかビシッと根を張ったダウンドッグができているのを見ると感動します。

些細な何気ない動きの中に調和を見た時、生徒の練習に集中力や丁寧さや意識の行き渡りを見た時、その美しさにハッとさせられます。


同様に、クラスからスタートして、コツコツ練習を

積み重ねて、やがてワークショップやトレーニングを受け(それは私のTTでなくても)、経験と学びを深め、巣立ち、仲間として活躍していくのを見るのは感慨深いものがあります。


その人たちが自主開催クラスをしたり、やがてワークショップを企画して教えたり、ゆくゆくはTTを教えるようになったり、人の変容と成長に立ち会えるところがこの仕事の魅力です。

.

TTを教えるからには、この業界に対する責任があります。

「いっぱしのヨガティーチャーに育てて世に送り出す」という責任です。同じ価値観を持った「任せて安心」な仲間を増やしてゆくことが、これからも大事にしたいことです。

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by mayayoga | 2018-09-01 21:03 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

Practitioner プラクティショナー(練習生)であれ

練習とティーチングは違います。


「昨日WSでならったこと、早速今日クラスでやってみましたぁ♡生徒さんに喜ばれました!」

とか言ってくる人たまにいるけど、


ふー・・・

WSやTTで教わったことをすぐ使えると思うなんてどうかしている。


おいおい、こっちは何年もかかって、莫大な金額と労力をヨガの勉強に費やして、落とし込みと消化とトライ&エラーを繰り返して、何とか自分の経験と絡めて、そういう過程を経て形にしたものを提供しているんだよ?


その“過程”こそ、何物にも変えがたい自分だけの財産なのだし、それこそがヨガの練習。手っ取り早く手に入れた成果物や、過程を無視した一見見栄えのするアサナじゃない。


もちろん、「すぐに生かせる!使える◯◯」のような、そういう的を絞ったWSをすることもあります。具体的なアジャストのコツやプロップスの使い方など、スキルアップ要素のあるWSはそのような類のものもあります。


けれど多くの学びは早速やってみられるほど簡単なものじゃない。


「WSやTTで習ったことをすぐ教えようと思わないこと」

私も自分の先生たちにそう言われてきました。

自分のものにするには、まず練習と経験が必要です。

インプットとアウトプットの間には、そういう大切な期間があるはずなのです。



クラスを受けに来るインストラクターさんたちも、

「いかにもネタを探しに来ました!」みたいな感じだと

疲れてしまわないかな?と心配になります。

私のクラスにはあまりそういう人はいませんが、

自分の練習は練習で没頭できるのが一番いいです。

何より、人のクラスで気持ち良く動けた時の爽快感は格別です。


シークエンスやティーチングをいくら盗んで真似たとして、それはただのフェイクに過ぎません。中身のない、その人独自の考察や、経験や、想いのない、ただのマネです。


もちろん何事も最初は真似ることから始まりますから、マネが悪いわけではありません。けれど毎回クラスを受けに来て「この流れいいな、この言い回しいいな、明日やろう。今のアジャストってどうやったんだろう?」ってことばかり考えながらクラスを受けるのはいかがなものかと思います。クラスはあくまで練習の場であり、自分のティーチングの練習とは分けて考えるべきです。


・・・このあたりの事もたくさん盛り込んだワークショップを10/7・8の2日間、東京から鈴木まゆみちゃんをお呼びして行います。

ヨガと怪我、安全性、エゴ、練習とティーチング、女性ならではのモヤモヤや揺らぎといかにマインドフルに付き合うか、など充実の内容になります。

詳細は近日公開しますので、続報をお待ちください。

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by mayayoga | 2018-08-15 11:13 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

Sukha ーSpaciousnessであるということー

練習は嘘をつかない。

アサナには良くも悪くもその人の性格や

生活や、くせが出るから、

ヨガティーチャーはそれに気づかせ、

生徒にとっての「快適さ」に導くことが仕事。

だから色んなところからアサナを見る。

こんな風に背中側から見ると

肩の左右差に気づくことだってある。


「快適さ」はサンスクリット語で「Sukha」

このスッカは英語だと

「spaciousness」=ゆとりや空間の広がり

と訳されます。アサナにも、身体の内にも外にも、

気持ちにも、「間=ま」をとることが

私がヨガの練習や指導で最も大切にしていることです。


Vinyasaのつなぎや、ポーズに留まっている時に

いかにこの「spaciousness」を感じることが

できるかを常に考えています。


目の前の生徒の真摯な練習の中にそれを見つけた時、

そしてハッとさせられる美しさを見た時、

この仕事をしていて良かったと思います。


アサナの完成度や、見目の美しさや、

逆立ちになれたのなれないだの、

派手なポーズができるだの、

このポーズができないだのは、どうでもいい些末事。


美しさは一貫性から生まれるもの。

呼吸や身体を無視したアサナはただのポージング。

意思や信念や想いや思いやりを反映できていない

ヨガやヨガのティーチングもまた、ただの体操。

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by mayayoga | 2018-08-15 10:18 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

TTを教える側の責任

ヨガの「資格を取る」という言い方に非常に違和感を覚えます。


その違和感がどこから来るのか、私なりに考えました。

TTに通って、先生になるための勉強をしているんです」

なら応援したい気持ちにもなります。でも

「資格を取った」には

「資格を取ったから自動的に教えられる」

みたいな安易さがあります。


そもそもヨガの資格って一体何でしょうね。

これほど曖昧なものって他にない気がします。

国家資格でも何でもないのに。

栄養士や鍼灸師と違って免許ではないし、

資格なんかなくても教えられるのに。


ヨガのTT(ティーチャートレーニング)の代表的なものに

『ヨガアライアンス認定200時間TT』というものがありますが、

これは指導者としての最低限の知識とスキルを身につける

言わば先生の登龍門的なトレーニングです。

30年ほど前に「ヨガティーチャーの国際的スタンダードを

定めよう」という流れで誕生したものです。


しかし今、RYSRegistered Yoga School=

アライアンス認定のTTを実施できるヨガスクール)

が増え、監視が機能しない中、

スタンダードはもはや崩壊しています。


資格はビジネスになり集客につながることから、

「アライアンス認定」を掲げるスタジオは

爆発的に増えました。大半が学ぶためのTTではなく、

資格のためのTTになってしまっていると思います。


結果、ヨガティーチャーの敷居はぐっと低くなり、

スキルの伴わない指導者が大量に輩出される事態となりました。

画一的なTTはまるで、ファストファッションのようです。

一見、裾野が広がってヨガ人口が増えて、

いいことづくしのように聞こえます。


確かに、昔よりヨガはずっとスタイリッシュで、

スムージー(笑)やrunやお洒落なウェアと相まって、

ライフスタイルとして定着しました。

ヨガ雑誌もぐっとそういう方向にシフトしていますよね。


でもそれを伝える指導者は?そのスキルはどうでしょう?

肝心のベースとなる部分まで、お手軽お気軽な感じに

バージョンダウンされては困るのです!


習い事の延長で“資格を取れる”ようになったものの、

どう教えて良いか分からない。活躍の場がない。

新人なんてなかなか雇ってもらえない、仕事にならない… 

迷える子羊を大量に生み出しただけかも知れません。


200時間のトレーニングにただ行っただけ」と

200時間の過程を修了した=先生としての

スキルが身についている」というのは全く違います。

本来『修了証』というのは後者を指すはずなのですが、

残念ながら「ヨガの資格を取りましたー」という人の

ほとんどが前者でしょう。


スキルというのは

安全に、効果的にヨガを教えることのできる

総合的なスキルのことです。


巷のヨガスクールに、TTを実施しているスタジオに、

声を大にして言いたいことがあります。

お願いだからプロとして通用するようになってから

世に送り出してください!!


私たちにはこの業界に対する責任があります。

大げさかも知れないけど、

おこがましいかも知れないけど、

業界を良くすることも、悪くすることも

私たち次第だということ。

いま私が教えている人が、ゆくゆく人を

教えるようになるわけで、

人を育てる責任って絶対あると思うのです。

その人がポーズを披露することしかできなかったら

ポーズの見た目や難易度ばかりに目が向いていたら

結果生徒に怪我をさせたら

何よりその人が

「なぜヨガを教えるのか/教えたいのか」という

根本的な目的すら見出せていないとしたら…

私はきっと自分を責めます。


以前シェアしたヨガジャーナルの記事。

いい記事です。

https://yogajournal.jp/7/2


教える側の覚悟と使命と責任、

そんなことを考えるようになったとは

私もいよいよ歳ですね。

友達にはヨガババアと言われます。笑


次回は「教わる側の責任」について…


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by mayayoga | 2018-05-03 14:57 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

改めて考えたこと

長年の構想であったTT300/500h終了を目前にして、

改めて私がヨガで伝えたいことや大事にしたいことを考えたとき、

やはり、「依存しない・させない」

「自立する・自立を促す」

「一貫性」、「正直でいる」

「理にかなった」、「地に足のついた」

…そんなキーワードがしっくりきます。

前に書いたブログ、「依存と自立」について改めてアップします。


…怒ってんなー(笑)

この時、某スタジオから「うちから半径2.5Km以内の他スタジオで教えるな」って言われたんですよね。


なぜ?何の権限があって?怒

私らフリーランスのヨガティーチャーやけど?

どこで仕事しようが私らの自由やろが!怒

拘束すんならそんだけの給料払ってくれるんかい!怒


あとは、スタジオ間のいざこざとか(私らイントラには全く関係ないこと)

生徒を取ったの取られただの、

あんたが新しいスタジオで教え始めたから生徒が流れただの、

(いや、そもそもスタジオに魅力あったら生徒さん残るって…)


そんなことに嫌気がさして、

該当スタジオどちらからも離れました。

どっちに着いたとか、んなクソみたいなこと言われるのも煩わしかったのでね。


スタジオ間のいざこざにインストラクターや生徒を巻き込むな。怒


どこのスタジオで教えるのも自由

生徒がどこで学ぶも、誰に学ぶも、離れるも自由です。


依存と自立

https://mayasalam.exblog.jp/25555573/

依存と自立 その②

https://mayasalam.exblog.jp/25758706/


#ヨガは究極の自己変容 

#ヨガティーチャーは方向性を示すだけ

#やるのは自分変わるのも自分

#アサナ依存アジャスト依存お断り

#キラキラ系ヨガもあっていい

#ヨガに何を求めるかも人それぞれ

#私はこう思うというだけの話



by mayayoga | 2018-04-07 09:32 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

ゴールはどこ?目的は何?

【ヨガのためにヨガをするの?ポーズのために練習があるの?】

先日のフィギュアFP放送日はクラスがガラガラでした。
予期せずプライベートクラスになり、Kちゃんとマンツーマンで色んな話をしながら、彼女の課題や練習の方向性について探っていきました。

4人の子育てをしながらウェブの学校にも通い出した彼女。「なかなかヨガに来られなくなって身体が硬くて…」と言いながらも何だか晴れやか。

あぁ、この人は地に足のついた生活のベースがちゃんとあるんだ。だから前ほどクラスに来られなかろうが、肩が硬かろうが、何も失ってない。ちゃんと“ヨギー(ヨガの実践者)”だわ。

そう思ってふと考えました。
がむしゃらにやる視野の狭い人と、生活の中にきちんとヨガがある視野の広い人との違いは何だろう?

ヨガはツールに過ぎず、目的ではないと私は思います。ヨガのためにヨガをしているのではないので。

だから練習が習慣になるのはいいけれど、執着になってはいけません。それと同様にポーズが目的になってしまうのも、ヨガの本質とはかけ離れています。

フォトジェニック(今はインスタジェニック“インスタ映え”って言った方がいいのかな)な写真のためにヨガするわけではないですから。笑


私自身がまずあまりにもポーズを取らない、載せない、クラス中もデモを殆どしない、ので、「金子マヤ 実はポーズできないんじゃねーか?」疑惑(笑)すらあるぐらいですが、

クラスで動かない、見せない理由はーー

まず自分が一緒にやってしまったら「生徒を見る」という一番肝心なことができなくなるから。もちろん初心者クラスは例外です!初心者は目で見ないと分かりません。(初心者に限らず Visual learner つまり目で見て確認しないと理解しづらいという人もいます。そういう場合は別です)

そして自分が“お手本”を見せることによって、生徒にポーズのいわゆる“形”を刷り込んでしまう恐れがあるから。各々の関節可動域や、筋力・柔軟性の過不足によってポーズはかなり違ってきます。目指すところも、“アラインメント”の概念すらも。

これは私の矜恃で いつも言っていることですが、ヨガの目的はアーサナ(ポーズ)を含めた一連のマインドフルな練習を通して何を学ぶかであって、ポーズそのものにあるのではありません。大切なのは形や結果ではなく過程。過程を理解することです。

だからシェイプを作ることやポーズの出来・不出来に着目して欲しくないのです。

「逆立ちができないんですが、どうしたらできるようになりますか?」
「身体が硬くて開脚できません。いつかペターッと(開脚前屈が)できるようになりますか?」

クラスを教えていれば皆、一度は聞かれたことがあるでしょう。

そもそも、どうしてベットスタンドやハンドスタンドができるようになりたいのか?
どうして180度の開脚前屈を目指すのか?
私は理由を尋ねます。

「どうして逆立ちなんでしょうか?タダーサナじゃダメなんでしょうか?」
「開脚で身体が床に着くとどんないいことがあるんでしょうか?」
と、事業仕分けの蓮舫並みに突っ込みたいところです。

タダーサナやダウンドッグの理解なくしてハンドスタンドはできませんし、180度の開脚前屈は股関節の構造的に不可能な人だっています。なぜ戦士のポーズⅡとかじゃダメなんでしょうか。笑

逆に言えば、どのクラスに行っても出てくるような地味で地道なポーズ(タダーサナや基本の立位のポーズ)を正しくコツコツやれば、逆立ちだって何だって大概できるようになります。ここで大事なのは“正しく”やることです。正しいというのはこれも形の正しさではなく、取り組みや方向性の正しさ。いわゆるアラインメントのことです。

私の好きな先生の一人であるドミニカ・セリガノもいつも言っています。
“To do is easy. To do correctly is difficult”
「ただやるのは簡単。正しくやることが難しい」

その人なりの課題を見抜き、それに合わせたティーチングをするのがティーチャーです。ポーズの手順と形を教えるだけならインストラクターでいい。

その“課題”というのも、身体の使い方だけではなく、メンタルや趣向にある場合もあります。

練習をしないと不安。
毎日練習をしないと身体が鈍る。
このポーズができるようになりたい

確かに「練習」は毎日やるに越したことありませんが、その練習ってなにも連続した激しいアーサナでなくても構わないわけです。リストラティブな日もあっていいし、ただのストレッチで終わるかもしれない。呼吸法も瞑想もヨガの練習です。

最初に言ったように練習が習慣になるのはいいけれど、執着になってはいけません。それで家の事や、食事や、家族との関わりなど、生活の基本がおそろかになったりしたらもう、何のためにヨガをやっているのか分かりません。

それと同様にポーズが目的になってしまうのも、ヨガの本質とはかけ離れています。ポーズは現代に生きているこの身体や、生活パターンや、日常の機能動作を補助してくれるものにすぎません。

そういえば私の尊敬する先生達も友人達も皆、サーカスみたいな「すごい」ポーズの写真をほとんど上げない。たまにトリコナーサナとか。地味ですね、笑

たまにそういう類のポーズを上げても、ウィットに富んだ笑いや皮肉が含まれている。要はネタですね、そういうの好きです。

逆立ちや派手なポーズがどうしてもやりたいならやればいい。それで何かに打ち勝ったと思うなら否定はしない。

もし「逆立ち100日間チャレンジ」とかがあるとしたら面白そうだけど、「マインドフルネス瞑想100日間チャレンジ」を選ぶかな。

それよりも私は「お弁当づくり100日間チャレンジ」や「毎朝ごはん作って旦那さんを送り出そう100日チャレンジ」の方がよっぽどチャレンジングだし、達成感があるだろうなと思う。

ピンチャもシルシャもハンドスタンドも、難解なポーズも自分でやるのは好きですよ?けれどそれをゴールにしようとは思わないし、クラスに入れるのには細心の注意を払います。

好きなポーズ?
タダーサナとシャバーサナです。
(いやホントに、これ昔からずっと言い続けてきたんですけどね)

今年はタダーサナとシャバーサナでインスタ映えを狙いに行こうと思います。

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↑Kayoちゃん。笑

by mayayoga | 2018-02-20 13:57 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

誰にも何にも媚びずに。

コントロールできないことをコントロールしようとしないこと、

ただそこに“在る”っていう感じが好き。

主張しすぎず、かと言って味気ないのでもなく、自分にばかり目が行っているのでも、周りや人の評価ばかり気にするのでもない。

質の良い陶器みたいに、壺か花瓶みたいに、どっしりと鎮座しつつ、活けられる花や植物は選べないけど、それがどう見えるかはその壺(自分)次第っていうのがいい。存在感がありながら空間と調和する感じ。

ヨガのクラスって何だろうと考えるとき、捉え方は人それぞれに様々あるでしょう。
学びであり、教えであり、道であり、コミュニティであり、仕事であり、趣味であり、自己表現や自己実現の一つであり、フィジカルなアクティビティーであり、エクササイズでもあるかもしれない。

だから「好き」「嫌い」「楽しい」「しんどい」「よかった」など、どう思い感じるかも主観的で一過性のもの。
そもそも私達ヨガティーチャーはクラスに来る人を選べないし、その人たちが何を感じて何を持ち帰るかはその人たち次第。

だから「好きです・嫌いです」に関しては「そうですか」としか言いようがないかも知れない。「ありがとう」でも「ごめんなさい」でもない。

そりゃ人間ですから「あなたのクラスが好きです」と言われたら悪い気はしないでしょうが、それを求めようとはしないし、それに左右されもしない。称賛を得るために、自分を満足させるためにクラスをしているのではないですから。かと言って「少しでも多くの人にヨガの素晴らしさを伝えたくて」とも全然思わない。

よく聞くことではあります。「私はヨガで変わった。だから少しでも多くの人に…」という類のやつ。

一見聞こえは良いですが、結局のところ独りよがりと大して変わらなく思えて抵抗があります。その“巷の多くの人”はあなたが熱を上げているものを同じレベルで求めていないかも知れない。

人に影響を与えられるとしたら、その“在り方”をもってしてだと思います。「何かあの人いいな(変わったな)。じゃ、あの人のやってるヨガっていうの、やってみようかな」

…そのくらい些細な、けれど確実に影響力を持つものです。まるで足元から波紋が広がり、やがてそれが大きなうねりとなるように。

だいたい、所詮人は分からないものです。「すごく良かったです!」「どこで教えてるんですか?!」という人に限って次は来ないし、熱心な人が常連とも限らない。逆につまらなそうにしていた人がぽつりぽつりと来てくれたりする。ついた離れたに一喜一憂していたらキリがありません。

目の前のクラス、その一回に淡々と真摯に取り組む。クラスは一期一会であり、90分のちょっとしたギフトです。

どこで何を教えようが、ただ淡々と“在る”こと、冷静で広い視野を持ちながら、何にも媚びず、どっしりとした存在感を持って“在る”こと。それが私の理想です。
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by mayayoga | 2018-02-13 21:42 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

“ヒップオープン”の落とし穴

ヨガのTTやクラスでよく耳にする「今日のテーマはヒップオープンです」とか「ヒップオープナーのポーズは…」とかいう言葉、意味を理解して使っている人がどれくらいいるでしょうね?

そして、それを聞いた普通の人はどんな反応をするでしょうか?
「ヒップオープナー?何それ」
「ヒップをオープン?え?尻を開くってどういうことじゃい??」
「お尻を柔らかくするってこと?」

当の本人がよく分かっていないのに、生徒に伝わると思いますか?この仕事をしていると上のような場面に多々出くわします。というか、習ったまま何となく教えてる…という類の人に多く出会います。

英語でHipは股関節(お尻じゃないよ)、オープンはまぁ日本語と同じで開くことですが、英語で“Hip Open”というと、股関節にくまなく効かせましょうという意味合いがあります。股関節は球関節ですから、360度あらゆる方向に動かしたいものです。

日本語にするとヒップ=尻、オープン=一方方向に開く、あるいはどこまでも柔軟にする を連想してしまって、それが誤解のもとなのではないかと思います。だからヒップオープン=開脚か、バッダコーナアーサナか、せいぜい鳩のポーズだと思ってる人多いし、「私、股関節が硬いんです…」って言ってくるのも ほぼ95%ぐらいが「開脚できません(前後、あるいは左右に)」って意味ですね。笑

大臀筋が硬くても、腸腰筋が硬くても、中臀筋の筋力不足でも、あなたの言う「股関節が硬い」ってことになりますけど?って。タダーサナだってきちんとやったら“ヒップオープン”のポーズになりますよね。骨盤を安定させるために股関節の筋肉総動員しているのでね。

股関節をテーマに教える場合、ちゃんとした先生はそれが決して柔軟ありきではないことを説きつつ、可動性と安定性両方の大切さを教えるし、何より日本語で、一般の人でも分かるように教えてくれる。

ヒップオープナーなんてよく分かんないこと言わなくたって、「こういう目的で、股関節のどこそこに注目してやっていきます」とかでいいと思う。股関節の動きのどれかに限定してアプローチするならその説明をしたいところです。股関節屈筋を伸ばしたいなら「ももの付け根の前側を伸ばします」でいい。

「それってどういうことですか?ハイ、あなたの言葉で説明して下さい!」的な言い回し、ヨガでは結構あると思うのですが、同じギョーカイ用語(?)で “プラクティス”も個人的に非常に違和感を覚えます。ヨガの練習のことですが、
猫も杓子もプラクティス プラクティス…
どいつもこいつもプラクティス プラクティス…
プラクティスプラクティスうるさいんじゃー!!!

「練習」でよくね?もとい、良いのではないでしょうか。
思いっきり和製、日本在住ウン10年の人の口からスラリと出てくるとは思えない“プラクティス”。普通にプラクティスなんて言いますかね?
私は英語を話しますが、日本語では「練習」って言いますよ。ま、いいけど。
ピアノは「レッスン」って言ったりしますけど、それはあまり違和感がないかも。「プラクティス」の違和感はなんだろな…
あっ、昔からある習い事に行く時みたいに「お稽古」っていいな。ヨガにも「お稽古」って使ってみようかしら。お稽古事の背筋がしゃんとする感じ、好きです。

あ、あと嫌なのはね、「気づき」笑
「気づいていきましょう」とか。笑
何だそれ?って。
もうちょいマシな日本語探せないものかしらね。

自分が発する言葉は声に出しても虫唾が走らないものがいいし、自分らしい、伝わる言葉を選びたい。
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by mayayoga | 2017-07-27 21:25 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

TTについて考えることと学びを重ねることへの想い

先日Yoga studio TrinityのRYT200時間のトレーニングが終了しました。主催のJuriちゃん、修了された5名の皆さん、おめでとうございます!とても良いグループでした。
人としてヨギーとしてブレない魅力のあるメインティーチャーのJuriちゃんと、解剖学は唯一無二!のマキさん。信頼のおける素晴らしいチームで仕事ができたこと、Trinityが初めて輩出するヨガティーチャーの養成、その一端を担えたことを幸せに思います。

今回のTT(ティーチャートレーニングの略。指導者養成講座のこと)のうち私は40時間分の「ティーチング」、つまり指導理論や実践の部分を担当しました。活発な議論が飛び交い、質問もたくさん出て、何より受講生それぞれが自分の課題と向き合い、失敗しながらも理解を深めていく様子を見て頼もしく感じました。悩んだ分だけ努力し、きっと素敵な先生になることでしょう。

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200時間のTTというのは言わばヨガティーチャーとしての登竜門。ヨガを教える最低限の知識と技術を一定期間かけて学ぶ場です。TTを受けるには、それ以前にヨガの練習歴や取り組みの真剣さ、本人の意欲が必要なのは言うまでもありませんが、巷の200時間を教えるスクールには「未経験からインストラクターに!」を売りにしているところも少なくありません。正直それってどうなんだろうと思います。例えばダンス初心者が半年やそこらで人を教えるまでになれるのか?バレエをやったこともないのにいきなりバレエの先生を目指す気になるか?…その辺がヨガに関しては緩いのか、非常に違和感があります。自分の身体のことも分からないのになぜ人に指導できると思うんだろう?

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トレーニングというのはとかく方法論に終始しがちですが、生徒がポーズの形を真似るだけならDVDでも良い訳で、、わざわざ教室に足を運んで習うからには「得られる何か」があるはずなのです。それを考えさせるのがTTの目的だと私は思います。

そもそも「ヨガを教える」ということが自分にとってどんな意味を持つのか、何故先生になりたいのか、ヨガの中でもどの分野に興味があるのか、、という根本を掘り下げることが必要に思います。なぜなら 人を教え、人の身体を扱うと迷う事だらけだからです。このポーズはこう、アジャストはこう、というマニュアル的な解決法はないのです。私たちヨガティーチャーの仕事はポーズ(の形)を教えることではなく、ポーズを通して教える「何か」についてずっと考えていくことなのです。

本来、終了証だとか、アライアンス認定だとか、時間数だとかは日々の練習や取り組みの前にはあまり意味のないことなのですよね。同様に経歴の羅列も、その人のセンスと技量と練習量の前にはあまり意味をなしません。笑

ヨガは資格や免許がなくても教えられますから、どこぞのトレーニングなんぞ出ていなくても素敵な先生はいます。優れた指導者から地道に学び、指導を継承している先生もいます。ではなぜトレーニングやワークショップの受講を重ねるかというと、もちろん継続教育的な意味合いもありますが、何をどのくらい学んだ、どのような分野の勉強をした、ということを表す目安としての整理整頓的な意味合いがあると私は思います。

ストイックに日々練習をして(それはもちろん大切です)そこから教えることができたら良いですが、広い海のようなヨガの世界ではしばし道を見失いそうになることがあります。その時その時で深めたいと思う分野、例えばシニアヨガならシニアヨガの、ヴィンヤサならヴィンヤサのトレーニングを受け、インプットして自分のヨガのツールを整理する。方向性を定める。そういう事のためにトレーニングを活かせたらいいなと思います。

終了証は経歴を華々しく飾るためにあるのではありません。同様に自分を良く見せたり、自分を納得させるために経歴があるのではないと思います。多種多様な資格で経歴を固める人ほど自分に自信がなかったりもしますよね、、

肝心なのはTTやワークショップを受けた数ではなくて、落とし込む努力をしているかということです。量より質!これはヨガに限らず全てにおいて言えることです。習ったことをすぐには教えられませんし、修了証は「学びました」という証であって、「教えられます」ということは別問題です。

受講したTTなりワークショップなりの時間数をただ淡々と受け入れ、内容を咀嚼し、落とし込んでから教える。そうあって欲しいと願います。

True Arts Yogaでは11月から半年間、長年の構想であった300時間(アライアンス500時間)のアドバンストレーニングを実施する予定です。詳細は追ってお知らせします。

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Congratulations!

by mayayoga | 2017-07-04 12:46 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

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