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リアルなヨガ・ティーチャー育成プロジェクトTrue Arts Yoga 金子真矢のブログ ◆ワークショップ、イベントの詳細はカテゴリからどうぞ◆


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カテゴリ:◇Yogaについてのあれこれ( 157 )

on the mat と off the mat

クラスが終わったあとのプロップス類の状態を見ればそのクラスと教師の質が分かる

…と私は思います。


道具類の扱いやスタジオへの配慮はクラスにおける丁寧でマインドフルな取り組みの延長にあり、マットの上でやることばかりがヨガではないのです。


on the mat と off the mat は切り離せない関係にあり、道具類を雑に扱う人は練習も雑。何だかバタバタせわしない人やガサツな人は練習もそのようになります。どんなに凄いアサナができようが、マットを降りた途端に人が変わったようになったり、目の前のことや自分のことばかりで周りが見えていなかったり、周りへの配慮が足りなかったりするのはスマートとは言えませんよね。


もっとも、クラスを通して緻密さや丁寧さ、マインドフルネスについて学んでいるわけなので、自ずと皆さん「きちんと」して下さいます。クラスを終え、ピシッと端を揃えて畳まれたブランケットを見るとホッとします。

いい歳した大人にわざわざ「道具はきちんと片付けましょう」なんて無粋な事を口に出して言わなくても、クラスを通してそういうことが伝われば良いのですから。


昔、スタジオのスタッフに言われて一番嬉しかったことは「マヤさんのクラスの後は道具類が整頓されていて助かる」でした。

あぁ、アサナ云々とかじゃなくて私の言いたいことはちゃんと生徒さんに伝わっていたんだ、、という安堵感がありました。


クラス自体が大きなアラインメントの一部であり、ヨガで養ったマインドフルネスや丁寧さ、品性や感性といったものはマットを降りても発揮されるのだと思います。


#日常の一部にヨガがある

#取り繕ってもバレてますから

#saucha #サウチャ

#たまにいるよね #すごい身綺麗なのに 

#デパートのトイレの洗面台ビチョビチョにしたり 

#髪の毛やら化粧の粉やら落としても気にしない女

#そういうこと

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by mayayoga | 2019-06-25 13:50 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

“正しさ”とは何だろう

本日のセミプライベートクラスは意識も意欲も高い3人組。

200hで大勢の生徒をいっぺんに教える大手スクールでは
とかく「この時はこうする」「このアサナではこうする」
という一般的な方法論に終始しがちで、
肝心の見る目や観察する力は二の次になりやすいです。
ある意味それは仕方のないことなのですが…

それが「この場合どうするのが“正しい”のですか?」
「〇〇先生はこう言う、けれど△△先生にはこう言われる。
どちらが正しいのですか?」という迷いや、
人に何かを決めて導いてもらいたい依存や、
白黒つけたり正解を求めたりすることに
繋がっているのではないかと思います。

アサナの中で何が起きているのか、何が課題なのかは
本当に人によって異なります。
一概に坐骨は上だとか尾骨を下げろだとか、
何が何でも膝を正面に向けろだとか、
肘の内側を向かい合わせにしろだとか言えないのです。
アサナは型ではなく、アラインメントはルールではなく、
ヨガは“One size fits all”(フリーサイズ)ではないのです。

プライベートクラスでも、グループクラスでも
私が徹底して大事にしていることは、
アサナの形ではなく過程や取り組みに重きを置くこと。
感じ、考える力を養うこと。
そのためにかなりうるさく言いますし、
「こうしたらどうなる?今度はどう?」という問いかけを
ものすごくします。時にヨガの手法に拘らず、
エクササイズ的要素もふんだんに取り入れます。

人任せにせず(答えを教えてもらおう、決めてもらおうと
するのではなく)経験したことからフィードバックを受け、
自分で決め、選択すること。
そうすれば、誰のどんなクラスを受けても迷わないはず。
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by mayayoga | 2019-06-24 16:55 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

タダーサナに始まりシャバーサナで終わる

「好きなポーズは何ですか?」と訊かれるたび

「タダーサナとシャバーサナです」と答えてきました。


ヨガのクラスで最も大切なポーズは

目を惹く派手なポーズでも、ピークポーズでも、逆立ちのポーズでも、よく注意されるダウンドッグでもなく、最後のシャバーサナ、屍のポーズです。


極上のシャバーサナでクラスを締めくくれる時の心地よさは何とも言えないものですし、逆にシャバーサナのないクラスは、クラスとして成立しません。


ヨガをやっているお母さんに連れられて、中学3年生の女の子が先週からクラスに来てくれています。「最後のシャバーサナが最高で、それを楽しみに来週も来ます」と言ってくれて、雷に打たれたようにハッとさせられました。クラスを離れる前に、初心を思い出させてくれてありがとう。


はじまりと終わりをきちんとすること。今日もクラスはタダーサナに始まり、シャバーサナで終わります。

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by mayayoga | 2019-06-22 23:50 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

日々雑感

今日のクラスで、とても素敵な佇まいの生徒さんに

「先生のブログ見てたら、遡って2008年から全部見ちゃいました!」って嬉しいことを言われた。

ははは!すごい!!


2008年、20代最後の年に始めたブログも気がつけば10年。

よく飽きずに綴ってこられたものです。


今日の持ち物とか(ホントどうでもいい!笑)、満月がどーたらとか、ビタミン補給に何ちゃら、スムージー云々かんぬん、クラスの合間にカフェだとか、笑


当時はSNSがなかったから、ちょっと発信したい些細なこともブログに載せていたりして、今振り返れば、くっだらない事しか書いてなかったりもする。


クラスに関しても当然ながら今ほど掘り下げて考えることはできていないし、今読み返すと笑ってしまうような薄っぺらさ!当時私も人並みに悩んだり一喜一憂していたのだと思うと、何だか懐かしい気持ちになります。


どこそこでクラスを受けてすごく良かったとか、どこぞのスタジオで代行したとか、ホットヨガのクラスを持ったとか、クラスの減った増えたとか、、新たに経験することへのウキウキ感やキラキラ感、些細なことへの発見や喜びがあって、ああ、それがビギナーズマインド(初心)なのか、と、どこか失ったものを懐かしむような気持ちになりました。


ブログは日記で、頭の整理のために始めたものですが、10年続けて振り返ると面白いものです。

「あの時こんな風に考えていたのか」とか、逆に「こんな風にしか捉えていなかったのか」とか、今に至る変遷や変化が分かるから。


「人格」ってどのくらいで形成されるものなのでしょうか?

「三つ子の魂百まで」って言うくらいだから、案外その人の根っこの部分って自覚をした時から大して変わらないのではないかと思います。


20歳、30歳、そして現在に至るまで、例えば性格や考え方って根本的には変わっていないように思います。当然、生活や自分を取り巻く環境、興味の対象などはその時々で変わりますが、ベースの部分は変わらない。ダンスに熱を上げていた時も、それがヨガに変わっても、どう生きるか、何を大事にしたいかということはブレずに同じでした。そして、ヨガに“出会った”からと言って劇的に何かが変わったとは思いません。いきなりピースフルに、ロハスになる訳ではないのですよね。本来持っている「自分」という個性や、その性質に改めて気がついた、そして歳とともにそれを豊かに体現できるようになってきた、ということはあるかもしれませんが。


性格的な部分や、大事にしたいことはあまり変わらないし、変わっていないと思います。そして何か発信したいことがあるとして、その発信にはやはり年代なりの拙さがあります。私はヨガを教えることを生業にしていますが、そのヨガを取り巻く日常(どこからがヨガで、どこからがヨガじゃないのか分からなくなることもありますが)をどう生きたか、何を考え、どう生きるかが当然ながらティーチングに厚みをもたらすのだと思います。経験こそが肥やし。それが歳を“重ねる”ということなのだろうと、うっすら解るようになってきました。


どうせ歳をとるなら、変化をただの“変化”で終わらせず、厚みを持った何かに変えていきたい。例えばそれは表現力であったり、存在感や余裕であったり、若い時には決して出せない何かなのだろうと思います。


私は大学生の時に“インストラクター”と呼ばれる類の仕事を始めて、ずいぶん若くして“先生”と呼ばれるようになってしまったため、当初はとても戸惑いました。何年もの間、生徒さんの大半は人生の先輩たちで、そんな人たちに一体何を教えられるのだろうか?と。「フィジカルなこと以外は教えることができていないのではないか?」というジレンマがありました。言わば“体操のお姉さん”ですね。


ふと気がつけば、クラスに来てくれる人の多くは年下の若い世代の人たちになり、私も完全にフリーランスになってちょうど10年が経ち、ヨガを教えることがずいぶんと楽になりました。楽というのは語弊があるかもしれませんが、何か全ての辻褄が合って、フィジカルだけではないヨガについてすんなり伝えられるようになってきたと思うのです。そして駆け出しのヨガティーチャーたちを眩しく、懐かしく感じるようになりました。中にはびっくりするぐらいしっかりした考えを持っている人もいて心底驚きます。冒頭に書いたように、私のブログ開設当初29歳時の内容の薄っぺらいことと言ったら!


あと20年経って60代になったら(その時までヨガを教えているのか、ブログを続けているのかは分かりませんが笑)、「あの頃こんなこと考えていたのか。若いなー、浅いなー」なんて思ったりするのでしょうか。それもまた楽しみではあります。


ますます偉そうなことを言う、スーパーヨガババアを目指したいものです。そして、できればいつまでも動ける身体でいたいものです。

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by mayayoga | 2019-03-07 15:34 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

マインドフルなアプローチ

✳︎How beautiful to see people sitting mindfully✳︎

ただ坐す。その美しさに魅了された木曜日

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FIRST SHIP大阪校にて

https://www.firstship.net/studio/shedule/osaka

毎週木曜日10:30-12:00に実施している

『ハタforマインドフルネス』というクラス


個人的にとても好きなクラスです。

ただ座るだけのクラスでも、瞑想のクラスでも、ゆるいクラスでもありません。実際、中盤はフローでかなり動きます。

マインドフルなアプローチを随所に取り入れ、隅々まで意識を行き渡らせて総合的にアサナに取り組むクラスです。


私にとっては座ること(メディテーション)も、呼吸法も、動くこと(アサナ)も、リストラティブも、全て同一線上にあり、結局何をしているかと言うと「意識的に、緻密に、繊細に取り組む練習」をしているのです。この世に二つとない自分の大事な身体に興味を持ち、丁寧に扱うことと、慌ただしく厄介なマインドを手なづけること、そのためには「How to; 何をどのようにするか」について明確にする必要があります。


全てのヨガやボディワークはマインドフルであるべきで、このクラスで培ったマインドフルネスを他のクラス(それがどんな流派であっても)に活かして、怪我なく息の長い練習をしてもらえたら嬉しく思います。

このクラス、『マインドフルネスforヨガ』とでも言い換えた方が良さそうですね。今日もありがとうございました。



by mayayoga | 2019-02-28 16:36 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

ヨガティーチャーのひとりごと

思えば “インストラクター” と呼ばれる類の仕事を始めて20年が経っていました。
ずいぶん若く始めたため、また若かったため、最初は「教える」ということについて深く考えることなどありませんでした。

ヨガティーチャーは人の人生の一場面に寄り添い、変化を見届けられる素晴らしい仕事です。

職場とも家庭とも違う、言わば第3の場としてヨガスタジオやヨガクラスがあり、人は様々な目的でそこに集い、空間を共にします。ヨガティーチャーはその空間をうまく管理し、進行役となることが求められています。

“先生”と呼ばれることの多いこの仕事ですが、一方的に何かを教えたり決めたりし、生徒がそれに倣うことを良しとするのではなく、生徒自らの考えたり決めたりする力を辛抱強く呼び起こすことが私たちの本来の役割りではないでしょうか。

正解をあげることはできません。そもそもヨガに正解などないのですから。生徒が自分なりの正解を見つけられるように辛抱強く見守り、導くだけです。

思えばヨガティーチャーとは至って地味な仕事です。主役でも裏方でもない。けれど存在感や、場を掌握することのできるスキルは重要です。

人に何かを「教える・授ける」みたいなことも本当はできないのではないかと思います。できることがあるとしたら、自分らしくあることぐらいです。その“在り方”を持ってして伝え、方向性を示すことが、指導者の姿だと思います。

人を変えたい・癒したい・治したい などというのは、おごりです。

「こうすればこんなポーズができるようになる」だとか「このアジャストでこんなにポーズが深まる」だとかの How to 的な小手先のテクニックや、一見魅力的に映る誘惑のあれこれ、甘い言葉などで生徒を惹きつけられる期間はそう長く続かないでしょう。

こんなポーズやあんなポーズができるようになった後は?その先は??

生徒から「先生のクラスで○○ができるようになりました」とか「理解が深まりました」とか「気持ち良かったです」とか言われると誰でも悪い気はしないでしょうが、ふと「私は果たしてヨガを教えていると言えるのだろうか?」と空っぽに感じることがあるかもしれません。私にもそういう時期がありました。そもそもヨガの“上達”とは一体何を指すのでしょうか。

テクニック的なことを教えるだけだといつか行き詰まります。長くこの仕事をしてきて最近特に思うこと
私たち指導者がするべきことは結局のところ、
「ヨガのある生活をどう生きるか」ということについて、一貫性について、強さや弱さも含めた自分らしさや、自分なりの哲学について、真摯に考えていくことなのだろうと思います。
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by mayayoga | 2019-02-24 23:42 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(2)

“努力に見合う成果”より過程

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ヨガのクラスで全てのかけらをつなぎ合わせ、複雑なポーズへ取り組むのは楽しいものです。幾重にも重なった構成要素をこなすには考えたり整理したりすることが求められ、やりがいあるチャレンジとなるでしょう。

しかし結局のところヨガはピークに向かう、あるいは何かしらのピーク体験を得るためのものではありません。

ヨガとは心の落ち着きや、何でも受け入れる心持ちについて学ぶ練習なのです。それは自分のあらゆる部分、例えそれが気に入らないところでも、好きなところでも、例えば気難しさや怖れ、嫉妬などの受け入れるのに躊躇してしまうようなところでも、それらが自分の一部なのだと自覚することです。

どうやったらそのポーズができるようになるかということばかり気にするのは、身体のある部分を伸ばし過ぎる、あるいは使い過ぎることになり、言うまでもなくその努力によって得られる結果に対する渇望につながります。

ヨガはタスク(こなさなければならない課題)とは違うものです。人生を通して取り組む、長い目で見るべきプロジェクトなのです。ヨガは予想もしなかったような数えきれない経験をもたらしてくれるものです。

ですからピークだとか何かに固執するのではなく、探求し続けましょう。どのような取り組みの積み重ねがポーズに導くのかに興味を持ちましょう。そしてその経験自体もどう変化していくかを見ます。物事はなくなり、終わり、絶えず変化します。私たちはヨガから絶え間ない変化、”impermanence=無常” について学んでいるのです。
-Cyndi Lee
====================================

私の先生であるシンディ・リーによる言葉です。
そう、ヨガに手っ取り早い成果とか、努力に見合う結果とか、はたまた変化や癒し…なんていうものを皆求めすぎなように思います。
過程こそがゴール。人生を通してヨガの練習をするのであれば、その時々の変化や(それはライフステージにおける身体と心、両方の変化です)、常に変化・変容してゆく事への興味は湧きこそすれ、結果や成果にはあまりこだわらなくて良いはずです。あんなポーズやこんなポーズができたからと言って、またはできないからと言って、一体それが何だと言うのでしょう?



by mayayoga | 2019-02-21 17:48 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

ヨガというもの、ヴィンヤサというArt

“ヴィンヤサ”という
形あるようでよくわからないものを
頭で理解しようとするのではなく
感じ、動き、経験した事への小さな感動や、
(それはヨガに限ったことではなく)
日常のふとした瞬間のひらめきや、
内側から湧き起こる豊かさや、力強さ、
洞察力といった“質”を少しずつ高め
五感を研ぎ澄ましていく。
そういったことの積み重ねが
やがて『!』に繋がるんじゃないか。

自分でも気付かないほどのスローなペースで
磨かれたもの、あるいは積み重ねられたものが
いつか自分の身体や言葉を通して表現される日が訪れると思う。
…そんなことを『日日是好日』を読みながら思った。

私の先生、Cyndi Leeは
「カップのお湯はあなた。ティーバッグは
ヨガなの。お湯に茶葉を落とすと、それが
少しずつ浸出してお茶になるでしょう?
そんなふうにヨガは日常を変えてゆくのよ」
と言っていました。
ふと、それを思い出して、
久しぶりに師に会いたくなった。
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by mayayoga | 2018-11-23 01:02 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

Beauty in Asana

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生徒さんの練習の中に美を見たとき
(それは決して見た目やアサナの完成度ではなく)
呼吸の深さに触れたとき
丁寧な取り組みにハッとさせられたとき

まるで自分も一緒に練習しているような
心地良さがあります。

どっしりとした存在感を持って
「そこに在る」指導者でいたいと
つよく思うのです。

わたしの生徒さんたちはとても優秀で
とても綺麗に、きちんとアサナを取る。
(繰り返しますが、それは見た目や
完成度のことではありません)
そして、ちゃんと「自立」していると思う。
それが何より嬉しいこと。
そして誇れること。



by mayayoga | 2018-11-18 13:11 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

見えないプライス、見えない仕事と労力

年齢も性別も、経験も、バックグラウンドも様々な人達が
同じクラスに集い、マットの上でひたすら呼吸とアサナを
通して自己探求をしている様子を見るのが好きです。
皆が一斉に練習をしている様子を、部屋を見渡すのが好きです。
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ダウンドッグにも色々出ますよね、癖やパターンが。
“正しい”を決めてしまうことは簡単だけど、
形のみの“正しさ”には未来がない。
自分にとっての“正しさ”を見つけるために
練習があるのだし、練習を通して
“感じる・探す・見つける”能力を養うのだと思う。
私たち指導者はそれを見守るだけ。

話は変わりますが、
先日、いつも通りの感覚で行ったお昼のクラスに
外国人旅行者が来ていて、予期せずバイリンガルクラスに
なりました…
(そう、そういう時ってホント唐突にやってくる)
2ヶ国語で教えるのは久しぶりで新鮮でした。
そういうクラスをするのは嫌いじゃありません。
でもそれを売りや宣伝文句にしようとは思いません。
また、それを売りや宣伝にされるのも困ります。

だってそれ、サービス残業みたいなものですから(怒)
完全にこちらの好意で日英2ヶ国語対応にしてる訳だしね。

昔、某スタジオで、何の断りもなくスケジュールに
「バイリンガル対応可☆」のマークをつけられ、
「この人は英語で教えられますよ!」ってのを
勝手に前面に出されたことがあり、
えらく頭に来たことを思い出します。

“インターナショナル感” を打ち出したいスタジオに
とってはいい宣伝、プラス外国人を呼び込むツールに
なるのかも知れないけど、
教えるこっちは2倍の労力を費やしてるわけですよ、、
事前に考えてきたクラスプランも変更しないと
いけなくなる。
バイリンガルで教える分、1つ1つに時間が取られるから。
クラス自体もその分スローに、キープも長くなります。
その分地味にキツくなるってことですね。

「バイリンガルヨガ」を前面に打ち出した企画モノや
事前に準備されたワークショップなどは別です!

私が納得いかないのは、レギュラークラスで
Non Japanese Speakerが来たからといって、
日英バイリンガルで教えることを
当然のサービスみたいに思われることで、
そもそもその英語だって、ヨガだって、
日本語のインストラクションだって、
英語のインストラクションだって、
苦労して身につけたもの。
当たり前だと思われちゃ困りますよ!ということです。
レッスンフィー2倍もらえるなら別ですけど(笑)

そんなこともあって、そのスタジオは辞めました。
人の労力、プロの仕事を何だと思っているんだろう?
っていう場面、どの業界にもあることですよね、、
「このぐらいいいだろう」みたいなね。

…ナメてもらっちゃ困ります。





by mayayoga | 2018-09-13 17:11 | ◇Yogaについてのあれこれ | Trackback | Comments(0)

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