リアルなヨガ・ティーチャー育成プロジェクトTrue Arts Yoga 金子真矢のブログ ◆ワークショップ、イベントの詳細はカテゴリからどうぞ◆


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教える時の「言葉力」を磨く方法

5 Ways to Refine Your Teaching Language

Susan Kraft

【ヨガ指導の語彙力を磨く5つの方法】

スーザン・クラフト

https://yogainternational.com/article/view/refine-your-yoga-cues


「指導者としての言葉に磨きをかける」

これは300hTTの一環である先日のSusanのWSで用いたテーマです。彼女の記事が面白かったので訳しました。

通訳や翻訳も、ヨガを教えることも、私にとって全て同一線上にあるのですが、言葉に携わる者として言葉の選び方や届け方には慎重になるし、やればやるほど日本語と英語それぞれの言葉の魅力に気づきます。


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If you Google: “weird things yoga teachers say,” you will get a lot of hits. Many of them are kind of funny:
  We store a lot of anger in our thighs.
  Melt your shoulders.
  Exhale out the soles of your feet.
Others fall more into the category of alarming:
Widen your anal canal.
Leave the world and enter the Limbic System.
Even, dare I say it: Open your heart (ouch!).

Googleで「ヨガティーチャーの言うおかしなこと」と検索すると、沢山の検索結果が出てくることでしょう。そのどれもが笑ってしまうようなことばかりです。

「人は怒りを太腿に溜め込んでいるんです」

「肩を溶かして」

「足裏に向かって息を吐いて」

…他にはちょっと危険なカテゴリーに入ってしまうものまで。例えば

「肛門管を開け」だの

「この世界を飛び出してリンパ系の中に入ってみよう」だの

つい言ってしまう「胸を開いて」という言葉でさえ(イタタ…)

 

As a writer, I am sensitive to language. And as a yoga teacher, I am honored by the fact that my students actually try to do what I ask. So I choose my words carefully. I aim to say what I mean and mean what I say. Teaching yoga is, in fact, the perfect opportunity to explore the Buddhist practice of Right Speech.

ライターとして、私は言葉に敏感です。そしてヨガティーチャーとしても、生徒が私の指示通りにしよう(動こう)としてくれることを光栄に思いますし、そのぶん言葉選びには慎重になります。意味が伝わるよう言葉を選びますし、言葉どおりの意味合いになるよう努めています。ヨガを教えることというのは、実は仏教の教えの一つである「正語」を実践する良い機会なのです。


Right Speech is the third element of the eightfold path, an ancient recipe for living that is said to lead us back to our own true and awakened nature. Bringing together what I have learned from books, classes, and retreats, I would define Right Speech as truthful, well-motivated, compassionate, and not foolish. It should also be uplifting.
正語(しょうご)は仏教の八正道(はっしょうどう)のうちの3番目に当たります。古来の生き方の規範であり、実践することで各々の本質に目覚めたり、本質に立ち返ることができると言われています。私が本やクラスやリトリートで学んだことを総合すると、「正語」とは誠実さ、前向きさ、思いやりのある行いであって、愚かな行いをしないこと、また気持ちを高めるようなことではないかと思います。


Truthful
誠実であること
Let’s start with truthful. For yoga teachers, speaking the truth means staying within the realm of your understanding. This quality of truthfulness is relevant whether you teach from an anatomical, devotional, or philosophical foundation.

まず「誠実さ」から始めましょう。ヨガティーチャーにとって真実を語ること(偽りを言わない)とは、自分の理解の範疇を超えた話をしないということです。これは解剖学的なことや信心、哲学的基盤など、あなたが教えること全てに当てはまります。


You can still teach a pose you have not mastered or explore a concept (such as samadhi) that you may not have experienced, so long as you fully understand the component elements and are clear about your sources.
習得していないポーズや、充分に探求できていないテーマ(例えばサマディ)について教えようと思えば教えることはできます。そのポーズの構成要素をきちんと理解しているとか、情報源が明確になっている場合に限りにおいては。

Although we benefit from the observation and wisdom of our teachers, we should clarify when we are sharing their findings and not our own. For example, I can say, “Mr. Iyengar believed that if we practice headstand without doing shoulderstand afterward we may be more prone to losing our tempers.” I might try to interpret why he believed this sequence is balancing, but I would not express his conclusion as fact, nor as coming from my own experience.
私たちが先生から見聞きすることやその叡智にいくら恩恵があるとはいえ、それを引用する時には注意が必要です。彼らの発見をまるで自分の言葉のように語ってはいけません。例えば「アイアンガー先生がおっしゃるには、ヘッドスタンドの後のショルダースタンドを抜かして練習する人は怒りっぽくなる傾向にあるそうですよ」と言うことはできますし、おそらくそれはバランスを取るということなのだろう、という自分なりの解釈を付け加えることもあります。しかしこの彼の結論を事実であるかのように、ましてや私自身の経験によるものであるかのように言うことはできません。


Well-Motivated
十分に熱意があること
When instructing our students we should also maintain awareness of our own motivations. How can we bring clarity to our intentions? What are we actually teaching anyway? What the heck are we trying to do up there at the front of the room? These questions seem simple, and yet I find that I reflect on them often. Some days reasonable answers appear, and on those days my teaching flows. Other days—due to nerves, distraction, or ego—I can easily lose my way.
生徒を教えているとき、自分自身の気の持ちようについても気を配るべきです。どうしたら目的が明確になるか?そもそも何を教えているのか?教室の前に立って一体何をやろうとしているのか?これらの問いかけはシンプルなものに思えます。にもかかわらず、よく巡ってきます。しっくり来る答えが浮かんでくることもあり、そういう日はティーチングがスムーズです。一方で緊張や、気が散る状態や、エゴが原因で道を見失うこともあります。


Compassionate
思いやりがあること
The third element of Right Speech is compassion, and it is a beautiful place from which to teach.
Our language should be inclusive and direct. It is okay to be bossy in the interest of creating a safe space with clear expectations. Yet it can be tricky to own our authority without removing the students’ agency or denying their experience.

正語の3つめの要素は思いやりで、ここから教えるのにふさわしい要素です。

教える時の喋り方は包括的(誰でも受け入れる)で、率直であるべきです。明確な意図を持ち、安全にクラスを教えるためなら、多少偉そうな物言いになったって構わないのです。ただし威厳を保ちながらも、生徒の主体性を削いでしまったり経験を否定したりすることのないように注意が必要です。


We might request, for example, that a particular student not practice handstand if we feel they cannot attempt it without potential harm to themselves or those around them. Yet if that student is still eager to try we should explain our reservations carefully and offer alternatives through which they may still cultivate a sense of mastery and fun.
例えばハンドスタンドに慣れていない生徒がいたとして、その生徒自身や周りの人に怪我をさせないよう、クラスでやろうとしないようにお願いすることがあります。ただ、それでもその生徒がやってみたいと望むのであれば、条件や制限について念入りに説明した上で、それに代わるポーズや軽減法を勧めます。そうすれば少なくとも何かをやったという実感や楽しさを感じてもらうことができるでしょう。

Compassion should always be offered to ourselves as well, with the awareness that our own relationship to the practice—and even to the particular students in the room—is subject to our own eccentricities and habits.

思いやりは自分自身にも向けられるべきです。気を配りながらいかに練習へ取り組むか、そして特定の生徒とどう向き合うか。それらは私たちの頑なさや日々の習慣に依るところが大きいです。


In my own case, for example, I am conscious that my sense of humor can have a rough edge and that I need to be mindful that no feelings get hurt. I find this particularly challenging in one of my weekend classes that is usually filled with regulars. Most of us have known each other for years and the atmosphere is casual, friendly, and personal. Occasionally I poke fun, maybe even tease. Yet there might be someone in the room I know less well, or who is going through something about which I’m unaware, and I occasionally wish certain words had not tumbled out of me unbidden. In general, I try to convey that my joking comes from a compassionate place; we are all in this together, and sometimes laughter really is the best medicine.
私の場合はどうかと言うと、自分のユーモアのセンスには辛辣なところがあると自覚しているのですが、それで人を傷つけたりしないよう注意しなければなりません。難しいなと思うのは、例えばほとんど常連の生徒ばかりの週末のクラスです。来る人ほとんどが数年来の顔見知りで、気さくな空気感があり、関係性が築かれているような場合、時としてからかったり悪ふざけ気味になることがあるのですが、もしそこにあまり馴染みのない生徒がいた場合、あるいは人知れず辛いことを経験している人がいた場合、うっかり口を滑らせることがないと良いのだけれど、と思います。冗談を言うことがあっても、それが全員参加の、誰ものけ者にしない。という思いやりの気持ちからであるよう努めています。それに笑うことが最良の薬になることもあるのです。


Not Foolish!
無意味な馬鹿げたことを言わない!
The fourth aspect of Right Speech is that what we say not be foolish, which brings us back full circle to some of those weird yoga teacher expressions. One of the greatest gifts I received from my teacher, Cyndi Lee, was a sensitivity to this common foible.

正語の4つ目の要素は、馬鹿げた中身のないことを言わないということです。これは最初の「ヨガティーチャーが言いがちなこと」という話につながります。私の先生であるシンディ・リーから教わった大事なことは、この、よく見落としがちなことに気をつけるということです。

 

In our teacher training, she enforced a ban against common teaching language clichés, and even against specific words (such as “heart”) which teachers tend to use indiscriminately. Joking that these words were “illegal,” Cyndi offered exercises to help us deepen our attention to language and even to expand our vocabularies.
ティーチャー・トレーニングで、彼女はよくあるお決まりのフレーズに対して厳しく取り締まっていました。つい見境なく使ってしまう特定の言葉(例えば”ハート”)でさえ標的になりました。そんなよくある言い回しを「違法だ」なんて冗談めかしながら、私たちに言葉選びに細心の注意を払うこと、さらには語彙力の幅を広げることを教えてくれました。

As a result, on occasion we got a little too excited about language. Once when the teaching instruction of a student in our group got out of hand she admonished him not to turn his class into “a prose event”—that is, a predilection for wordiness that can distract and call attention to itself, rather than the yoga.
結果、私たち受講生は言葉に関して熱くなりすぎることもありました。私たちのグループの一人が先生役となって教える場面で、彼のインストラクションが手に負えなくなった時、シンディは「クラスはあなたのとりとめのない、畳み掛けるような話し方を披露する場ではない」と叱責しました。くどい言い回しをされると気が逸れるし、肝心のヨガではなく言い回しの方に意識が向いてしまうからです。


Uplifting
気持ちを高める
With all of these considerations in mind, perhaps the most important is that the language we use be meaningful to our students. We have a responsibility as teachers to build a shared vocabulary. When we truly understand each other we are all lifted up.

以上のことを考えると、おそらく最も大切なことは生徒にとって意味のある言葉使いをすることです。私たちには、指導者として、誰にでも通じる共通語彙を広めていく責任があります。互いに分かり合えた時、それは励みになります。


If you are already immersed in the language of asana it may surprise you how strange some familiar yoga cues sound to the “uninitiated.” 
As I researched this piece I came across many phrases that I say quite blithely, and I realized how odd they might sound to a civilian. And indeed, how they could be misinterpreted.
もしもあなたがすでにヨガの世界で使われているアーサナの言い回しにどっぷり浸かっているなら、それがヨガを知らない一般人にとっていかに奇妙に聞こえるかという事実に驚くことでしょう。

これに関して調べてみると、たくさんの変なフレーズを見つけました。中には私が呑気に使ってしまっているものもありました。一般の人にはさぞかし奇妙に聞こえることでしょう。それに、言葉の意図が正しく伝わらないのではないかと思います。


These humorous illustrations of some of our common teaching expressions really made my day. I’d love to hear about some of the more bizarre or confusing instructions that you have received. And some of the most wonderful as well.

この『ヨガの先生が言いがちなへんなこと』という皮肉たっぷりなイラストには楽しませてもらいました。

https://www.doyouyoga.com/weird-stuff-yoga-teachers-say-78351/

皆さんはおかしなヨガのインストラクションに出くわしたことはありますか?または逆に素晴らしいと思う言い方に出会ったことは?ぜひ聞かせてください。

 

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“身体がマットに溶けてゆくのを感じて”



About Susan

【スーザン・クラフトについて】

スーザン・クラフトはOM Yoga(Cyndi Leeによる認定の500時間レベルの講師。元ダンサーとしての経験から、アレクサンダーテクニックやバーデニエフ・ファンダメンタル、バレエ、ピラティスなどを通してクリエィティブかつセラピー的な要素を持った動きの探求に長年力を注いできた。ニューヨークで指導する彼女のクラスには、動きへの愛着やヨガの様々な面に対する探求心が織り込まれており、生徒がより深く自分を知り、本来の魅力ある本質に立ち返ることができるよう努めている。ヴィッパーサナ瞑想の実践者でもある。

また彼女は20年間、ニューヨーク市立図書館パフォーミングアーツ部門の「ダンス口述歴史記録プロジェクト」のディレクターを務めており、ヨガやダンス、口述歴史などに関する執筆もしている。

http://sk-yoga.com/

 


by mayayoga | 2017-11-27 14:13 | ◆True Arts Yoga | Trackback | Comments(0)
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